1988年のジロリン(9)

・1988年8月1日 西安、勝利飯店
よっぱらってます。あんまり冷えてないビール飲みすぎましたかね。今日は大失敗。6:45に起きて観光ツアー(解放飯店発)*1のはずだったのに、目が覚めると7:45。思わず寝てしまいました。
昨天、中国人のちんぽの悪口を書いたが、訂正。5〜6才のガキがひでえちんぽをしているのを発見*2。ショック。完璧なむけちん、僕のより太い。ショック。なんだいあれは? おかしいよ、ぜったいよ。こんなことを気にするのはおかしいけど、やっぱ気になる。どうでしょうか。
人生いかに生くべきか。それは生きてみなきゃ、or、生きてみてもわからないことかもしれないが、うーん、ここで考えるのは、いわゆる普通のサラリーマンの生活と、自由人と仮に呼ぼう、定職をもたないでorやめちゃって好きなところ、外国でも日本でも、を旅して回っている人の生活。どっちも一理どころが二理も三理もある。こっちをたてればあっちがたたない。かえって何も選ばない方がいいんじゃないかと思うくらいだ。でも、何も選ばないのは最低だと、これまでの自分の生活がつぶやいている。叫んでいるのではない。だってね、人生80年だ。年をとってからの生活だって若いときと同じかそれ以上に大事なものだろうて。もちろん、若さなんて相対的なものだが、それだけに、社会というやつが基準となるのだ。それを無視するほどの強烈な思いが欠けている。だってもうねむたいんだもの。そして、これまでの境遇=A ってやつが、僕の思考回路をふさごうとする。はて、Aはじゃまものなのでしょうか。では、経験はじゃまものでしかないのでしょうか。それは「何事も自分でやってみなきゃわからない」主義に反しないでしょうか。=B むむむ、僕は経験をexpandするためにこんなところまできているんじゃなかったのかね。これ(B)も経験のうちに勿論入るけど。
心地よい酔い。しかいきもちわるい口内。きっとアルコールが糖へと成長しているんだろう*3。おっとそりゃ成長とはいわないよ、君ーー君とは、蝿or蚊を示す、このやろう。また僕ばっかりねらいやがって。ぷっくりはれちゃって、かゆくって気分悪かったんだから。へんな病気をさしこんだんじゃないだろうな。=C もしそうなったら、Cは高井の容態を知っていてこの日記を読んだ人に涙を強要するだろう。そんなことはないかな。っていってるうちにも上まぶたは下がってきて、下まぶたは上がってくる。下まぶたは引力に逆らっているからこいつは自由な奴か? 逆らう奴が自由化。は、はは。
明日も硬座、ウルムチへ。さらば西安。君は僕の好みだ。だからといって結婚する気はない。兵馬俑を味わいたかった。「〜したかった」も悪い奴の一つだね。

*1:西安観光では必見のアイテムである兵馬俑を見に行くツアーに加わる予定だった。

*2:ドミトリーの共用シャワーの更衣室で見かけた子供だった。CGで合成したように違和感のあふれる極道ちんぽだった。ほかの西洋人男子たちもちらちら見ていたのを覚えている。本人も隠そうとせずに堂々と見せていたから、あれは彼の、おれたち外国人バックパッカーたちに対する中国人プライドの誇示だったのかもしれない。

*3:これはたぶん単なる勘違い。糖が発酵してアルコールになるはずw