「1988年のジロリン」(1)

24年前、上海から西安に向かう火車の硬座車両で中国人の姉妹と知り合って、じゃあうちに来なよといわれてほいほいついていったらそれが塔城というものすごく遠い田舎で、未解放都市とかいう外国人が入れない村で、村のお偉いさんと公安に見つかって数日間軟禁された思い出があるんだけど、そのときいっしょだった日本人のOさんが、昨日突然メールをくれた。誰だこの人はと思って読んだらその人だった。うれしかった〜。Oさんと会ったのはその火車の中で、旅先で別れてからは一度も連絡などとっていなかったんだけど、ネットで見かけてメールをくれたらしい。メールを見た瞬間、おれの脳は24年の歳月をすこーんと飛び超えたね。。。で、机の奥に放置されていた当時の日記帳を取り出してしまったのだった。。24年前の大学3年。もちろん童貞。。

1988年7月23日(土) 小樽→舞鶴 船中

 とうとうGとの旅が始まったわけだ。僕としてはこの旅は学生時代のビッグイベントと捉えているわけで、意義のあるものにしたいと思っている。でも、今までの経験から、あまり期待しすぎると良い結果を生まないということがわかっているので、今回も、どうせ中国に行ったって何も得るものなんてないだろう、自分は成長などできないだろう、という姿勢を保っていこうと思う。大学生活、女性、勉強など、僕はいつも期待しすぎているのだ。だから失敗するんだ。

最初から後ろ向きなムードがぷんぷんしているのがなんともおれらしい。自分としては用心深く保険をかけているつもりなんだと思う。Gは同じサークルの友達。顔も性格も服装もすべてにおいておれより上で当然モテ男だったが、なんとなくいっしょに行くことになったのだった。

 これから1ヶ月、楽しければ良いなあ。このくらいの揺れは大丈夫だ。経験済みだ。経験を積んだ者の勝ちだろ、やっぱし。経験を積んで帰ってきたい。まだまだ死にたくない。活躍したい。人から認められたい。
 今日はこれから眠れるだろうか。何を思い浮かべようか。中国には美しい人がいるだろうか。ちゃんと帰ってこれるだろうか。Gに嫌われはしないだろうか。事故に、泥棒にあわないだろうか。
 夕方見た日本海は、正月に見た南の海に見劣りするものではなかった。こういう船に乗ると、少年の船を思い出してしまう。Nは元気に生きているだろうか。僕のことを少しでも覚えてくれているのだろうか。さあね。もう会わないだろうからわかんないね。もし会えても、かわいくなくなってたら幻滅だぞ。

少年の船というのはローカル局の事業部が長年やってたuhb少年の船。小中学生を客船に乗せてグアム・サイパンまで行って帰ってくる約2週間のツアーで、その引率役を大学生がやるのだが、おれはそのサブリーダーという役をその正月にやった。中学生の中には早熟のかわいい子もいる。Nちゃんはその筆頭のかわいこちゃんだった。アラレちゃんライクな黒縁眼鏡がよく似合った。この子がおれに好感をもってくれて、おれももちろんまんざらじゃなくて、というかだいぶ好きで、帰ってきてから一度デートの真似もしたのだった。自分用の日記ではあるが「幻滅だぞ」とか女子中学生にえらそうに呼びかけちゃって……なんとも噴飯ものである。
「このくらいの揺れ」といってるのは、上海行きの鑑真号が出港する神戸まで向かう小樽から舞鶴へ向かうフェリーの揺れくらい、グアムまでのフェリーにくらべたら大したことないね、の意。少年の船は外洋である太平洋の荒波の中を2週間なので、当然子供たちは船酔いで大リバース祭りの毎日。その処理係である我々も当然もらいゲロの連続なのだが、サブリーダーという立場のため、子供の前で吐くのは許されなかった。一度、食堂内でキそうになったので走ってトイレに急いだが間に合わず、走りながら吐いてそれを100%手でキャッチして口に戻して喝采を浴びたこともあった。だから日本海の揺れくらいは大丈夫なのさというプライドがこの件からは漂っている、とおれだけにはわかるのだ。

 ああ、はやく砂漠に着きたい。砂は美しく清潔だ。じめじめした湿気とは無縁。カビも生えない。でももちろんしっとりした女の人がいい。胸が大きくて色が黒くてしかもいやらしい人がいい。その反対は全てボツだ。最近の夢想のテーマはそれだ。いつもそうだ。
 神よ、仏よ、人間よ。この1個の我に力を与えよ。

「砂は美しく清潔」の件はおそらく安部公房砂の女」かなんかの受け売りだと思う。砂漠に漠然と憧れをもって、でもサハラ砂漠には金がなくていけないので、安く行ける砂漠ということでタクラマカン砂漠がこの旅の目的地だった。なんで色黒が好きだったのかは不明。最後の1行からは若々しい鼻の穴の広がりが伝わってくる。どうせ大して面白くないだろうなと思いながらもやはり本心としてはこの旅にかなり期待しているのだなということが、いまのおれには痛いほどよくわかるのだった。。