俺過去日記.13 18歳童貞編

・1986年5月1日
 耳の奥がヒクヒクしている。頭の中に、遠心力を利用したトレーニング用品*1が入っている感じ。気を抜くと飛び出てきそう。月曜の昼から熱が出て今日病院に行ってやっと下がった。頭の中が広くなった感じ。頭の中に放射能が広がっていく感じ。キエフから僕の頭にだけ流れ込んだか*2。四次元の扉を通って一個人の頭の中に抜け出る、ってことはないんだろうか。血管の中とか、生爪の中とか、ありえなくもない。

 たとえば、醜い子供と会ったとする。俺は「ああいやな奴だ」と露骨にいやな顔をする。そうすると、その夜どこかこの世ではないところから非常に大きくて強くて恐ろしいものがやってきて罰を与える。そういう仕組みがあると思っていた。だから、他人に対して失礼なことを考えたりすると、その罰を与えるものに、「いま考えたことはウソです、本当は少しもそんなことは思っていません」と謝って許しを乞うていた。最近はそういうことがない。

 今日の夢。どこか広い体育館みたいなところのサイドスペースでひなびた老人たちが運動している。そこに俺もいた。俺は一人のじいさんにまとわりつかれた。彼は係のおじさんということだった。骨と皮だけに痩せて仰向けに寝ている。まん丸の茶ばんだメガネをかけている。つるっぱげではないが髪は少ない。彼は俺に抱きついてきて、俺が逃げようとしても離れられない。彼は服でも買ってやろうかという。周りのババアたちが、せっかくお見舞いに来てくれたんだから離してやりなさいよ、とか言ってやっと離された。気持ち悪かった。骨々とした体がからんでくる。動かなくなる。一生このまま暮らすんだと考えた気がする。目がさめると汗がたくさん出ていたが、腕の、肘から先の部分の裏側が特に激しかった。直径3.5mmの水滴が4×4cm四方に規則正しく浮いていた。虫の卵でもできたのかと思った、というのはウソだ。この冬はこの部屋で一匹も蝿を見なかった。よけいに不気味ではある。

 この三日間あまりずっと熱があって寝ていた。その間ずっと、こんなに高熱が続いたらたまきんがいかれてしまうのではないかということが一番心配だった。恐ろしかった。無理に勃起させてみたりした。

 いま鼻の穴をかいたら、左手の親指は焼きそばの匂いがした。机の隅に、ジャッキーがくれたデジタル時計がある。まだ動いている。ほこりと傷でよく見えないが、秒を示すあたりが微妙に変化している。両生類のようである。

 くちびりをあまりなめるな、いつもなめていると「ナメリカン」になってビルビルに厚くなってしまうぞ、とおとっつぁんが言っていた。本当だったのか。ぼくはうわくちびるは嫌いだ。惜しいことをしたと思う。

 今日は体温計ばかり気にしていた。自分の状態よりも体温計の水銀の位置が健康の程度を決めていた。授業に出ればよかったかもしれん。お母さんはタフです。やっぱり太陽が照ってポカポカしていた方がいい。山崎はなんだかんだ言っていい関係を保ってるんじゃん*3。幸せな奴だ。

*1:ダイナビーだと思われる。当時流行っていてジャンプの表3とかによく通販の広告があった

*2:チェルノブイリの事故は1986年4月26日

*3:よく覚えてないがたぶん長年つきあっていた彼女とのことかと思われる