「幸福とは?」への一つのドンピ回答

女性のコミックエッセイというものを自分から進んで読んだことはあんまりなくて、それはなんでかなあと考えるに、たぶんそれは自分が絵を描けないので日常的なネタをうまいこと絵にしている作者にジェラシーを感じてしまうのと、あとはさすがにもうこの歳で幻想もくそもないけどそうはいっても女性の赤裸々な面はやっぱあんまり見たくないんだよねーという中坊心が残っているからかなと思いつつ、『できないことが多すぎる。』(ゆーなぎじゅん著)を居間に置いといたら、それこそできないことが多すぎる高1の娘が食い入るように読んでたんで、どれどれと思って読んでみましたよ。写真を撮られるときにポジション取りができないとか、カラオケが楽しめないとか、猥談に対してうまい返答ができないとか、そういう日常生活におけるできないことシリーズを2〜3頭身のほんわかタッチで描く、いわゆる一つの「ドジっ娘てへへエッセイ」なんだけど、できないことが多いことを嘆いてもしょうがないんだよ、できないことが多いからこそできないをできるに変える幸せを感じるチャンスが多いのだと思えばいいんだよ、という前向きメッセージ含み。おれはカラオケ好きだし下ネタも好きだし、完全に後ろ向き人間だし、じつをいうとあんまり自分にフィットするネタはなかったけど、後半の「犬と帰省するのは大変だ!」がおもしろかった。東京から岡山まで電車で帰る大変さがひしひし。電車内で騒ぐ犬の絵がかわいい。騒いでいる最中でふっと飼い主を見つめている目が白くて切ない。経験ベースで犬帰省時の対策を打ち出して実行している飼い主がたくましい。おれもそうなりたいと素直に思っちゃった。あと、最後の両親上京の話が親不孝者としてはうるっときちゃうね。結局この作者はかなりの親孝行娘なんじゃないの? とジェラシい感じも否めないけどねー。でも、読み終えてみて、確かに「できない→できる」が多いというのは幸せの大要因だなと思う。最初からなんでもできちゃう人ってじつはかわいそうなヒューマンかも。何が幸せかというテーマについては内村鑑三『後世への最大遺物』で決まりかなと大昔に思ってそのままだったけど、できないことが多いことっていうのも確実にドンピっぽいぞと思わせてくれる一冊。

できないことが多すぎる。

できないことが多すぎる。