蹴球小河ロマン「さぽみ、ドイツへの道」.4

●第四章 転機
 ある日。さぽみはいつものように部屋に引きこもり、2002年W杯のDVDをぼけら〜っと見ていました。手元には飲み干したカルピスの瓶が散乱してい ます。
「あ〜あ。もしアレックスのフリーキックがあと少しずれていたら、日本がベス
ト8に進んでいたのにな…。もしアタシがのび太だったら、タイムマシンで2002年
に戻れるのにな…」
 リサイクルショップで投げ売りしていた2002年W杯のマスコットを抱えながら、さぽみが仮定法過去の例文みたいな内容をつぶやいたそのとき。
 ガサガサガサ。
 部屋の隅で何かが動く音がしました。ゴキブリ? いえいえ。さぽみがほっぽり出していたカラッポ&カラルが、もそもそと立ち上がろうとしているのです。
「ク、ク、クララ……じゃなくて、カラスが立った〜っ!」
 腰を抜かしたさぽみの前で、まるで何かに操られているように、カラッポ&カラルは立ち上がり、そして踊り始めました。ぎこちないけれど、その舞にはなにか訴えるものがあるようにさぽみには感じられました。
「もしかして、この子たち、アタシになにか言いたいのかしら…」
 よく見ると、二匹のカラスはゴール後のパフォーマンスを真似ているようでした。そう、2002年W杯で選手たちが見せてくれた数々のジェスチャーです。
「わー、ロビー・キーンの側転でんぐり返りに、アン・ジョンファンのスケートポーズ、それからラーションのベロ出し、うわ、それってもしかしてセネガルのシャツ囲みダ
ンス?」
 パフォーマンスを終えたカラッポ&カララは、一礼すると、二人そろって窓を指さしました。そこには一片の紙が貼ってあります。
「なにか書いてあるわ。どれどれ? あら、日本代表の成績推移グラフね。そうそう、この頃まではずっと好調だったのに、このへんから急に落ち込んじゃっ たのよね……ん、これって!?」
 さぽみの顔がにわかに曇りました。さぽみは気づいたのです。日本代表の成績が、自分の英語学習量と完全に連動していることを。さぽみが一生懸命勉強すると日本代表は勝ちまくり、さぽみが勉強をサボると日本代表は勝てなくなっていたことを。
 「……そうなのね。アタシがしっかり勉強しないと、日本代表は勝てないのね…このままじゃ、ドイツに行けなくなっちゃうのね…そんなのイヤ!」
 曇っていたさぽみの顔が、一転してメラメラと燃えてきました。
「よーし、やるわ! やらいでか!」
 意を決したさぽみは、2002年W杯の思い出グッズを押入の奥にしまうと、猛然と英語学習を再開しました。
「えーと、『アタシがやらないで誰がやる!』は…''If not me, then who?''!  反語表現よ!」
 神通力が失われたのか、もう動かなくなってしまったカラッポ&カラルは、そんなさぽみをまぶしそうに見つめているようでした。