蹴球小河ロマン「さぽみ、ドイツへの道」.3

●第三章 停滞
 飛ぶ鳥を落とすかのように見えたさぽみの絶好調ぶりは、しかしそう長くは続きませんでした。英語学習者の誰もが一度は通る苦しい時期、伸び悩みの停滞期がやってきたのです。少し前には、一つ名詞を覚えたら動詞、形容詞、副詞、そして類義語、対義語と、ブログのリンクが広がるように重層的にボキャブラリーを増やしてきたのですが、最近のさぽみときたら、覚えたはずの単語もまるで思い出せず、ごくごく初歩的な''soccer''の綴りまで間違える始末。
「ま、どうせTOEICにはサッカーの話題なんか出ないんだからさ…ヒック、だいたい、アメリカ英語のTOEICイングランド色の強いサッカーを組み合わせるなんて本末転倒なのよね…ヒック、ウイ〜」
 すっかりだらけて毎晩カルピスを飲んだくれては愚痴をこぼすようになったさぽみの実力は、それはそれはめきめきと下降しました。実力が下がったのがわかるとガックリきてまたどんどん勉強をさぼり、勉強をさぼるとまたどんどん実力が下降、そしてまたやる気も下降……。完全に悪魔のサイクルに陥ってしまったようです。
「ねぇ、さぽみー、英語の勉強、しなくていいのかい? TOEICの試験、もうすぐじゃないか?」
 そんなさぽみを見かねた日田くんが心配して声をかけましたが、さぽみはせっかくのアドバイスに耳を傾けるどころか、すっかり逆ギレモードです。
「英語ぉ? ハ〜ァ? ナ・ニ・イ・ツ・テ・ン・ノ・ア・ン・タ! 日本人なんだから日本語話せりゃいーでしょっつーの! だっちゅーの!」
 逆ギレだけならまだしも、中途半端に古いギャグまで持ち出してたてつくさぽみ…。あの天真爛漫だったいたいけな少女はいったいどこにいってしまったのでしょうか…。
 しかし、だらけたのはさぽみだけではありませんでした。それまで順調に上昇曲線を描いてきた日本代表でしたが、どうしたことか、すっかり勝てなくなってしまったのです。対照的に、韓国、中国といったアジアのライバルたちが輝かしい戦績を残し続け、日本はFIFAランキングでもどんどん差をつけられてしまいました。
「ったく、いまの代表ったらなにやってんのかしら、ヒック、はぁ……2002年の代表はよかったわ……足をめいっぱいのばした鈴木隆行の執念のゴール……稲本の「オレオレ」ポーズ、なつかしいわね……そしてモリシ…もう一度だけでもモリシ祭りを……はぁ…トルたん、戻ってきてくれないかしら、ヒック、ウィ〜」
 2002年のころはまだサッカーに目覚めてなかったさぽみは、当然日韓W杯もみていませんでしたが、先日の覚醒後に感激のドキュメント「六月の勝利の歌を忘れない」をはじめとするDVD類で輝かしい姿を総復習、すっかりあのときの代表の虜になっていたのでした。
 今日もさぽみは部屋にこもって、2002年の甘美な思い出にひたるだけの一日をすごしています。TOEICテストの本番まであとわずか。部屋の片隅に投げ捨てられたカラッポ&カラルがひときわ薄汚れて見えるのが不憫です……。