俺過去日記.15 18歳童貞編

・1986年5月8日
 俺は登校拒否児にでもなったようだ。ふん、大学生なんだぜ。こんな状態でも、中年、老年になったら、悩み多き青春時代だったなあと回想することができるのだろうか*1。俺は青春を謳歌するんじゃなかったの? だめだ。謳歌なんて書くと涙が出てくる。みんなを見てても憎たらしくはない。うらやましい。俺はなんて損な性格なんだろう。何とかしてくれ。受け身でもなんでもいい。充実した一日を送らせてくれ。俺が自分でつかむことはできない。歯がゆい。たまきんがむおんむおんする。
 今日、山崎とコーヒーを飲んでいたら、隣に中年の教授*2が座った。彼はこちらに話しかけてきた。俺は受け答えできなかった。というより、彼は最初から山崎の方にだけしゃべった*3。俺は相槌を打って軽薄な青年を演じた。さびしかった。
 俺は人から好かれたい。でもうまくいかない。いろいろ考えて人とつきあいたくない。煩わしいのはいやだ。一人でふとんにくるまって寝ていたい。頼む。もっとやさしくしてくれ。俺をかまってくれ。俺は孤独だ。孤独でいるのが文学者の宿命だとかいわれるとこれでいいのだと思う。いや、思おうとするのだがまた苦しくなる。作家というイメージだけが漠然としみついているが、いざ何か書くのだと思っても書けそうもない*4。書けそうもないで終わらずに、書いてみて、書けないまでやってみろよ。そんなめんどくさいことができるか。俺は面倒なことはきらいだ。ずっとまっすぐ遠くに行って川のほとりで寝転がるんだ。そのためにはバイクがいるんだ*5。免許を取るのに11万円払う必要があるのだよ、お母さん。あたたかく見守ってやってくれないかな。俺はこんなに考えこんでしまってるんだ。あんたも二流の人なんだな。俺は三流だよ。
 昨日の夜は久しぶりに少しだが寝付かれなかった。えんこちゃん*6に手紙を送ることを考えていた。何を狙っているのか。彼女の同情をひこうと思ってるんだ。ああ、じろうちゃん、かわいそうに、よしよし、と頭をなでてもらって涙をぬぐってもらおうと思っているんだ。こんなこと人が読んだらなんていう。あいつはなんだ、19歳の男であるか、精神の方がやばいんじゃないか、神経やられたノイローゼだよ。なんとでもいえ。俺はえんこちゃんの膝元で寝たい。どこが悪い。リルケみたいなことを書いていい気になろうとしているのさ。期待してるのさ。えんこちゃんの反応を。えんこちゃーん。もう彼女の美しい顔も体も忘れかけている。俺は記憶力も悪い。でも彼女のイメージだけは残っている。あなたはぼくの心のアイドルなんだよ。わかってくれないかな。もうわかってんだろう。でも彼女は娼婦でもあるからうまく俺をもてあそぶのさ。ああ、あんな女にもてあそばれて堕落して身をほろぼしたい。それは幸せなことだ。死ぬまできれいなイメージ、えんこちゃんのイメージをだいていられる。いや、別にえんこちゃんでなくてもいいんだ。今日、地下鉄で見たお姉さんでもいいし、セーラー服の女子高生でもいいんだ。俺はさびしいだけ。たくさんでなくていい。一人でいいからだれか俺のそばにいてくれ。そしてくだらない話をしてくれ。俺はうなずいてやるよ。いつまでもしゃべっててくれ。俺はいつまでもきいていたい。手はにぎっていてもいいだろ。髪にもさわらせてくれ。あとは何もしない。薄いピンクの花びらが舞っていてなんとなくかすんでいて、水の音がきこえていて、女のいい匂いがかすかにただよっていて、甘い女の声が俺の中に入ってくる。それでいいんだぜ。そんなのかんたんだろ。あんたら女には。それだけでこの俺は幸せだ。そのまま麻酔をかけて殺してくれたら最高の人生じゃないか。それくらいのごほうびはちょうだい。俺は一年間勉強したんだよ。
 ばかみたいだ。こんなこと書いて想像に酔ってるんだから。俺はこういう奴なのである。ねぼけた男だ。
 家にいて独りになっていると、わりと平穏だ。これが、学校に行ってみんながサークル活動に精を出す様子を見ると、あるいは、楽しそうに仲間同士が午後の予定を語らっているのを見ると、もうだめである。19歳の焦りがやってくる。いやだ。おとっつぁんよ。大きな体をやれなかったといってあやまるより、こういうあいまいで煮え切らない、使いものにならない心をくれたことをあやまってくれ。土下座したって許してやらないからさ。なんてね。うそだよ。こういう風になったのは全て俺のせいさ。俺が育ち方をまちがったんだ。無気力なのか。そのケがある。へえ、この俺が。無気力なんだってよ。笑わせるなよ。ふん、そんなこといってお前は否定できるか。できないくせに。ため息をついて寝るだけのくせに。
 委員会で北大の問題点みたいなことを長々と聞いた。でも何もする気がわかなかった。よし俺がやってやる、なんて少しも思わなかった。誰かが質問しても実感がわかない。俺には関係ない。あるいは、関係はあるがいまのままで特に困らない。それだけだ。感想なんてあったもんじゃない。ほっといても劇はなんとかなるだろう*7。みんなやる気になったみたい。俺はなってない。また置いていかれた気がする。山崎もバンドをつくって張り切るだろう。彼は青年らしいところを持っている。俺は一人になっちまう。あきらめて一人になろうか。一人で本を読んで思索にふけることにしようか。一人で旅に出てさまよおうか。俺は自分を見つめ直したいんです、なんて言っておけばその後もうまくいくんでないかい。風を感じたいな。深く考えないで、俺も夜の通りを行き交う人たちの一部になろうか。外を車やバイクが通る音を聞くといたたまれなくなる。俺もああいうふうになるんだ。速く教養祭が終わってほしい。全くのフリーになったら状況は好転するかもしれない。きっと一人になるんだろう。クラスからも浮いちゃってよ。高3のときと同じになるんだぜ*8。そして今度は本当に何のほうびもない。合格という優越感もないんだ。絶望だ。俺は絶望にうちひしがれるために一人になるの? 何のためか知らないけどね。みんな生き方がうまい奴で要領を心得ている人たちだから。俺は生き方が下手で要領が何一つわかっていないんだから。これがぼくの人生なんだね。えんこちゃん。ぼくはたかいじろうだよ。おぼえてないなんていっちゃやだよ。

*1:とりあえず苦々しい顔で回想することはできてるよ。。。

*2:たぶんおれと山崎が在籍した1年1組の担任で日本文学の先生

*3:先生はこのとき、川端康成の「禽獣」の読書会をやるといっていた。山崎はあまり乗り気じゃない感じで、一方のおれはすごく行きたい気持ちでふるえていたんだけど、おまえを誘ってるわけじゃないと言われるのを恐れて言い出せなかった。

*4:いまでは考えられないけど、当時は作家になりたかったし、なると思っていた!

*5:完全に尾崎豊の影響。。高3の頃は毎朝尾崎を鳴らして歌ってから登校していた

*6:高校2年のときの同級生。いま思うとなんとなく夏目雅子っぽい顔をした美人。一度、妄想が実って彼女の実体が自分の寝床に実際に現れた(と本気で錯覚した)ことがあった! おれがうじうじした年賀状を書いたときに本人から励まし含みの返事をもらったため、その返信を書こうと思っていたのだと思う。

*7:学園祭のクラスの出し物でスタインベックの「二十日鼠と人間」をやることになっていた。

*8:この頃、現役で合格しないといけないという強迫観念にかられて受験勉強に専念したため、友だちづきあいをほとんどしなくなっていた。